yamadaの投稿 (2月 16, 2009)
ギンレイホールにて。
当初は朝の回を観る予定だったが、仕事やらゴタゴタやらが重なり、結局最終回8時20分からの鑑賞となった。
そんなにしてまでも私のなかではプライオリティーが高くない黒沢清作品を観に行ったのは、ひとえに周りの評価が高すぎた事、に尽きる。
とある普通の家族が、体験する軋みの中で、初めてかけがえのなさに気付く。そして、のたうち回る家族をひんやりスレスレの暖かさで見守る家(家具やら温もりのある照明光やら、ぼろぼろの14インチTVやら…)。
多分この映画の主人公は家(ホーム)なのだろう。まるで生きもののように映し出される家からは、新しく作り出すことの出来ない歴史や家族サイクルの限界が垣間みれる。
でも、家が醸し出す「家族から逃れられない」限界・諦めは、人間達が呟く「やり直したい」というある意味ネガティブな言葉を、「かけがえのなさ」という少しはポジティブな言葉(だけれどこれも黄昏時の言葉だということには変わらないけど)に変換してくれる。
ラストの月の光の演奏シーンは、そんな効果があいまって、緊張感と共に安堵感が詰まった至福の時間でした。音も良かったしな。
画が素晴らしく美しい。特に家が。どちらかというと建物探訪向き。津田寛司が出ていた。アンジャッシュの人が先生役で出ていた。朝日は誰にでも降りそそぐが、その美しさに皆が気付いているとは限らない。大抵は最低な時に気付いてハッとする。悟った気分になってしまう。そして馬鹿な事をしてしまう。後から後悔しない事もある。
人間の限界から生まれる幸せは嘘か? 嘘?だけど嘘だとしても、幸せは幸せなのか?
かけがえのなさを否定するだけではいけないのではないか?
などごちゃっと考えながら観ました。反省を含めて。
帰り道は、ドビュッシーの作品集を聞いて帰りました。残念な事に、くらーい暗黒音楽で凹む。ゲー。